
はじめに
「役員報酬を低めに設定して、賞与でまとめて受け取りたい。でも住宅ローンの審査は大丈夫だろうか?」
「事前確定届出給与を使えば社会保険料を節約できると聞いたが、住宅ローン控除との相性はどうなのか?」
オーナー経営者の方から、こうしたご相談をいただく機会が増えています。役員報酬の設計と住宅取得は、一見すると別々の話に見えますが、実は密接に絡み合う論点です。設計を誤ると、本来受けられるはずの税制メリットを取り逃がしたり、住宅ローン審査で苦戦したりすることになります。
本記事では、社外CFO・税理士の実務視点から、事前確定届出給与と住宅ローンの関係を整理し、オーナー経営者が押さえるべき判断ポイントを解説します。
事前確定届出給与とは|基本のおさらい
事前確定届出給与とは、役員に対して支給する賞与のうち、事前に税務署へ届け出ることで損金算入が認められる給与のことです。
通常、役員賞与は原則として損金不算入ですが、以下の3つの要件をすべて満たせば損金として認められます。
- 事前届出:支給額と支給日を事前に税務署へ届け出ていること
- 同額支給:届出どおりの金額を支給すること(1円でもズレたら全額否認)
- 同日支給:届出どおりの日に支給すること
届出期限は、株主総会決議日から1ヶ月以内、かつ会計期間開始日から4ヶ月以内のいずれか早い日です。
なぜ使うのか|社会保険料の圧縮効果
事前確定届出給与が注目される最大の理由は、社会保険料の上限を活用した負担圧縮です。
月々の役員報酬を低めに設定し、年1〜2回の賞与でまとめて受け取る設計にすると、社会保険料の以下の上限を活用できます。
- 健康保険料:賞与1回につき573万円まで
- 厚生年金保険料:賞与1回につき150万円まで
この上限を超える部分には社会保険料がかかりません。役員報酬を年間1,500万円・2,000万円と設定するオーナー経営者にとっては、設計次第で年間数十万円〜100万円超の社会保険料削減が可能になります。
住宅ローン審査における「年収」の考え方
ここで重要になるのが、住宅ローン審査における年収の捉え方です。
銀行が見るのは「額面年収」が基本
住宅ローン審査で銀行が確認するのは、源泉徴収票や確定申告書に記載された額面年収です。定期同額給与であれ事前確定届出給与であれ、合算した年間総支給額が年収として評価されます。
つまり、月給50万円(年600万円)+事前確定届出給与1,000万円の設計でも、月給133万円(年1,600万円)の設計でも、額面上の年収は同じ1,600万円です。
ただし「返済比率」の計算で差が出ることも
一部の金融機関では、月々の安定収入をベースに返済比率(年収に対するローン返済額の割合)を審査するケースがあります。この場合、月々の定期同額給与が低すぎると、「月々の返済原資として不十分」と判断される可能性があります。
特にフラット35や一部地銀では、毎月の給与額を重視する傾向があります。事前確定届出給与でボーナスに寄せすぎた設計は、審査でマイナスに働く可能性があるため注意が必要です。
実務上の対応
住宅ローンを組む予定がある場合は、審査の1〜2年前から以下を意識しておくことをおすすめします。
- 月々の定期同額給与を、月々のローン返済額の2〜3倍以上確保する
- 事前確定届出給与への振り分け比率を50%以下に抑える
- 確定申告書・源泉徴収票で3年分の安定収入を示せる状態にしておく
住宅ローン控除との関係|所得制限に要注意
もう一つ見落とされがちなのが、住宅ローン控除の所得制限です。
事前確定届出給与と住宅ローンの賢い組み合わせ方|役員の住宅取得で押さえたい税務ポイント
合計所得金額2,000万円の壁
2024年以降に居住を開始する住宅について、住宅ローン控除を受けられるのは合計所得金額2,000万円以下の人に限られます。
ここで問題になるのが、事前確定届出給与を多額に設定している場合です。給与所得は合計所得金額に含まれるため、役員報酬の設計次第で簡単に2,000万円を超えてしまいます。
たとえば、年間給与2,500万円の役員の場合、給与所得控除195万円を差し引いた給与所得は2,305万円。この時点で住宅ローン控除の適用対象外となります。
住宅取得年だけ報酬設計を見直すべきか
「住宅取得の年だけ役員報酬を下げて住宅ローン控除を受けたい」という発想も出てきますが、ここは慎重に判断する必要があります。
- 定期同額給与は期首から3ヶ月以内にしか変更できない
- 事前確定届出給与は期中に新規届出できるが、既存の届出を減額変更すると否認リスクあり
- 報酬を下げた年の所得税・住民税は減るが、翌年以降の社会保険料にも影響する
住宅ローン控除は年間最大35万円(認定住宅・長期優良住宅等は最大45.5万円)×13年間で、トータル最大455万円〜591万円の節税効果があります。このメリットを取りに行くために役員報酬設計を見直す価値があるかは、経営者の総所得や今後の資金計画を踏まえた総合判断になります。
住宅ローン返済原資としての事前確定届出給与
ボーナス返済との相性は良い
住宅ローンには「ボーナス返済併用」という選択肢があります。事前確定届出給与の支給月に合わせてボーナス返済月を設定すれば、返済原資を明確に確保できます。
たとえば、6月と12月に事前確定届出給与を支給する設計にし、住宅ローンのボーナス返済月も6月・12月に設定すると、キャッシュフロー管理が非常にシンプルになります。
ただし、ボーナス返済比率を高くしすぎると、事前確定届出給与が万が一否認された場合(後述)にキャッシュフローが破綻するリスクがあります。ボーナス返済比率は30〜40%程度に抑えるのが実務上の安全圏です。
事前確定届出給与が否認された場合のリスク
最大の注意点は、事前確定届出給与は1円でも届出と異なれば全額損金不算入になることです。
たとえば、届出額1,000万円を業績悪化により800万円に減額支給した場合、減額した800万円全額が損金不算入となります(支給額を増額した場合は増額部分のみ否認)。
役員報酬を低く設定して住宅ローン返済の大半をボーナスでカバーする設計にしていた場合、以下のようなシナリオが想定されます。
- 業績悪化で事前確定届出給与を支給できない
- 会社からの借入(役員貸付金)で返済を続ける
- 役員貸付金が積み上がり、財務体質が悪化
- 銀行融資の審査で不利になる
このリスクを踏まえると、月々の定期同額給与だけでも住宅ローン返済を継続できる水準を確保しておくことが、実務上の鉄則です。
【実務事例】役員報酬2,000万円・住宅ローン5,000万円のケース
実際のシミュレーションで考えてみましょう。
前提条件
- 役員報酬年額:2,000万円
- 住宅ローン:5,000万円、35年、金利0.8%(団信込み)
- 月々返済額:約13.7万円
- ボーナス返済なし
パターンA:定期同額給与のみ(月166.7万円)
- 社会保険料(本人負担):約125万円/年
- 所得税・住民税:約540万円/年
- 手取り:約1,335万円/年
- 月々返済後の余力:約97万円/月
パターンB:定期同額60万円+事前確定届出給与1,280万円
- 社会保険料(本人負担):約90万円/年(上限活用で約35万円圧縮)
- 所得税・住民税:約550万円/年
- 手取り:約1,360万円/年
- 月々返済後の余力:約32万円/月(ただし賞与時にまとまった入金)
パターンBは年間約25万円の手取り増加が見込めますが、月々のキャッシュフローは明らかにタイトになります。住宅ローン返済を月々で安定的に行うという観点では、パターンAの方が健全です。
パターンC:定期同額100万円+事前確定届出給与800万円
このあたりがバランス型で、月々の返済余裕を確保しつつ社会保険料も一定程度圧縮できる設計になります。
最終的には、経営者のライフプランと会社の業績安定度によって最適解は変わります。
まとめ|設計の順序を間違えない
事前確定届出給与と住宅ローンを組み合わせる際の実務ポイントを整理します。
- 住宅ローン審査を重視するなら、月々の定期同額給与を返済額の3倍以上確保する
- 住宅ローン控除を受けたいなら、合計所得金額2,000万円以下の設計を検討する
- 事前確定届出給与はボーナス返済との相性が良いが、比率は30〜40%以内に
- 業績悪化時に事前確定届出給与を減額するリスクを常に想定する
- 住宅取得予定の1〜2年前から、逆算で役員報酬設計を見直す
役員報酬設計は、法人税・所得税・社会保険料・住宅ローン審査・相続税など、複数の要素が絡み合う高度な意思決定です。単純に「社会保険料が安くなるから」という理由だけで事前確定届出給与を多用すると、住宅ローン審査や住宅ローン控除で思わぬ不利益を被ることがあります。
住宅取得は人生で最大級の意思決定です。役員報酬設計とセットで、3〜5年の中期視点で設計することをおすすめします。
社外CFOとしてのご相談について
稲田光浩税理士事務所・Luxe Partnersでは、オーナー経営者の役員報酬設計・住宅取得・事業承継を一体で設計する社外CFOサービスを提供しています。
「住宅取得を検討しているが、今の役員報酬設計で最適か不安」「事前確定届出給与の活用方法を個別に検討したい」といったご相談は、初回30分無料でお受けしています。お気軽にお問い合わせください。
※本記事は2026年4月時点の税制に基づいて作成しています。個別の事案については必ず税理士等の専門家にご相談ください。




