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価格転嫁交渉の準備ガイド
原価分解ワークシート / 交渉前チェック15項目 / 取適法の使い方
根拠の数字がなければ、値上げは「お願い」になります。
銀行に見せる原価資料が、そのまま取引先への交渉の武器になる。
その一枚を、この8ページで作ります。
このガイドの使い方
中小企業庁の価格交渉促進月間(2026年3月)フォローアップ調査によると、コスト上昇分のうち価格転嫁できた割合は平均54.2%。費目別では原材料費55.7%、労務費50.0%、エネルギー費48.9%です。価格交渉が行われた企業は90.7%に達しているのに、通るのは半分。席には着けるが、通らない。これが製造業の現在地です。
私が複数社の経営会議で価格交渉の結果報告を聞いていて、通る会社と通らない会社の差はほぼ一点に集約されます。先方の購買担当が、社内で「値上げを受け入れる稟議」を書ける資料を渡せているか。「材料が上がって苦しい」では稟議は書けません。「主要材料は基準時点比18%上昇、電力単価22%上昇、原価合計7.3%上昇。要請単価4%」なら書けます。
① 原価分解ワークシート(P3〜P4):製品1単位の原価を「材料費・労務費・エネルギー費・その他」の4費目×「基準時点・現在」の2時点で並べる一枚
② 交渉前チェック15項目(P5〜P6):資料・タイミング・伝え方・社内体制の4カテゴリで、席に着く前の準備を確認する
③ 取適法の使い方(P7):2026年1月施行の中小受託取引適正化法を、協力関係を壊さずに使う順番
原則数字は一つ、語り方が二つ
このワークシートで作る原価資料は、取引先に出す資料であると同時に、銀行に融資を相談するときの「原価上昇にどう対応しているか」の説明資料です。銀行は決算書の数字そのものより、数字を説明できる経営者かどうかを見ています。製品別に原価を分解して語れる会社は、銀行から見て「利益の源泉を把握している会社」になります。
取引先用と銀行用で資料を分けると、必ず矛盾が生まれます。取引先には「苦しい」、銀行には「順調」と言いたくなるからです。一枚の資料で、取引先には「原価がこれだけ上がったので改定が必要」、銀行には「原価がこれだけ上がったが、改定交渉と改善でこう手当てしている」と、同じ数字から違う結論を語る。これが正しい形です。
※本ガイドの数値例はすべてモデルケースです。取適法の記述は執筆時点(2026年8月)の公正取引委員会・中小企業庁の公表資料に基づく一般的な説明であり、個別取引への適用の有無は資本金・従業員数・取引類型により異なります。
① 原価分解ワークシート|製品1単位あたり
| 対象製品 | 取引先 | ||
|---|---|---|---|
| 基準時点 | 例:2023年4月(最終改定時) | 現在時点 | 例:2026年8月 |
| 費目 | 内訳・算出式 | 基準時点 (円) |
現在 (円) |
差額 (円) |
上昇率 |
|---|---|---|---|---|---|
| 材料費 | 主要材料の仕入単価 × 使用量 副資材・購入部品は品目別に加算 |
||||
| 労務費 | 1単位の加工時間 × 時間あたり人件費 人件費は法定福利費(社会保険料の会社負担分)まで含める |
||||
| エネルギー費 | 電力・ガス・燃料の単価 × 1単位あたり使用量 機械の稼働時間に応じて配分 |
||||
| その他 | 物流費・外注費・消耗工具・梱包材など 上昇が大きい費目は行を分ける |
||||
| 原価合計 | 4費目の合計 |
下段自社で吸収した分と、転嫁を要請する分
| 項目 | 内容 | 率 |
|---|---|---|
| 原価上昇率(A) | 上表の原価合計の上昇率 | |
| 自社で吸収した分(B) | 工程改善・歩留まり改善・段取り短縮など、具体策を一行で | |
| 吸収しきれない分(A−B) | 転嫁が必要な上昇分 | |
| 改定を要請する率 | (A−B)以下で設定。初回で満額が通ることは稀。再協議の余地を残す |
① 原価分解ワークシート|記入例(モデルケース)
仮に、金属加工部品1個あたりの原価が、2023年4月の見積時点から2026年8月までに次のように変化したとします(数値はすべて「仮に」のモデル計算です)。
| 費目 | 内訳 | 基準時点 | 現在 | 差額 | 上昇率 |
|---|---|---|---|---|---|
| 材料費 | 鋼材 1,250円/kg → 1,475円/kg × 0.4kg | 500 | 590 | +90 | 18.0% |
| 労務費 | 加工0.1時間 × 時給換算 2,800円 → 3,080円 | 280 | 308 | +28 | 10.0% |
| エネルギー費 | 電力 2.0kWh × 22円 → 26.8円 | 44 | 54 | +10 | 22.7% |
| その他 | 物流・梱包・工具 | 76 | 80 | +4 | 5.3% |
| 原価合計 | 900 | 1,032 | +132 | 14.7% |
| 項目 | 内容 | 率 |
|---|---|---|
| 原価上昇率(A) | 900円 → 1,032円 | 14.7% |
| 自社で吸収した分(B) | 段取り時間の短縮と歩留まり改善で、原価ベース約4.7%分を吸収 | 4.7% |
| 吸収しきれない分(A−B) | 10.0% | |
| 改定を要請する率(売価ベース) | 売価1,200円に対し、原価上昇90円(吸収後)≒7.5%。まず7%を要請 | 7.0% |
添付数字の裏付けになる証拠書類
| 費目 | 証拠になるもの | 有無 |
|---|---|---|
| 材料費 | 仕入先からの単価改定通知/基準時点と現在の請求書(同一品目) | ☐ |
| 労務費 | 所在地の最低賃金改定率(厚生労働省公表)/自社の昇給実績/社会保険料率の推移 | ☐ |
| エネルギー費 | 電力会社の請求書の単価(円/kWh)推移/燃料調整費の推移 | ☐ |
| その他 | 運送会社・外注先からの改定通知/公的統計(企業物価指数など) | ☐ |
② 交渉前チェック15項目(1/2)
席に着く前に、YESの数を数えてください。NOが残っている項目は、交渉の席で相手の最初の質問になります。
A根拠資料(5項目)
| No | 確認項目 | YES | NO |
|---|---|---|---|
| 1 | 対象製品(または製品群)ごとに、材料費・労務費・エネルギー費・その他の4費目に原価を分解してある | ☐ | ☐ |
| 2 | 基準時点(最終改定時など、相手と共有できる時点)と現在の2時点で並べ、差額と上昇率を出してある | ☐ | ☐ |
| 3 | 各費目の裏付け(仕入先の改定通知・電力請求書・最低賃金改定率)を添付できる | ☐ | ☐ |
| 4 | 自社で吸収した分(改善の具体策と率)を一行で書いてある | ☐ | ☐ |
| 5 | この資料を、そのまま銀行に「原価上昇への対応」として見せても矛盾しない | ☐ | ☐ |
Bタイミング(3項目)
| No | 確認項目 | YES | NO |
|---|---|---|---|
| 6 | 取引先の決算期と予算編成の時期を把握し、予算が固まる2〜3ヶ月前に申し入れる計画になっている | ☐ | ☐ |
| 7 | 仕入単価改定・電力単価改定・昇給確定など、「確定した事実」の直後に申し入れる | ☐ | ☐ |
| 8 | 価格交渉促進月間(毎年3月・9月)を、申し入れのきっかけとして使う予定がある | ☐ | ☐ |
② 交渉前チェック15項目(2/2)
C伝え方(4項目)
| No | 確認項目 | YES | NO |
|---|---|---|---|
| 9 | 口頭ではなく書面で「原価の変化について協議の場をいただきたい」と申し入れる準備がある | ☐ | ☐ |
| 10 | 書面に「厳しい」「限界です」といった感情の言葉がなく、数字と事実だけで構成されている | ☐ | ☐ |
| 11 | 要請する率と、その根拠(吸収しきれない上昇分)が一対一で対応している | ☐ | ☐ |
| 12 | 初回で満額が通らなかった場合の「再協議の時期」をこちらから提案できる | ☐ | ☐ |
D社内体制(3項目)
| No | 確認項目 | YES | NO |
|---|---|---|---|
| 13 | 社長自身が、資料の中の数字(なぜこの費目がこれだけ上がったか)を自分の言葉で説明できる | ☐ | ☐ |
| 14 | 営業担当・工場長と「値上げ1%が粗利と給与原資にいくら効くか」を共有している | ☐ | ☐ |
| 15 | 原価資料を月次で更新する仕組み(担当者・データの取り方)が決まっている | ☐ | ☐ |
集計YESの数と、席に着く前の見立て
| 13〜15 | 席に着く準備ができています。初回で2〜3割の妥結でも、再協議の関係を作ることを優先してください。 |
| 9〜12 | NOの項目が、相手の最初の質問になります。特にA(根拠資料)のNOは、交渉前に必ず埋めてください。 |
| 8以下 | 今の状態で席に着くと「お願い」で終わる可能性が高い。A→B→C→Dの順に準備してから申し入れてください。 |
参考値上げ1%の重み(モデル計算)
仮に、年商5億円・粗利率25%・社員30名の製造業で、原価が変わらないまま売価を1%上げると、粗利は約500万円増えます(数量1%増なら粗利増は約125万円)。500万円は社員1人あたり年約16.7万円の給与原資です。逆に、原価が5%上がって1円も転嫁できないと、粗利は約1,875万円減り、1人あたり62.5万円分の原資が消えます。この数字を営業担当・工場長と共有している会社は、値引きの判断が変わります。
③ 取適法(中小受託取引適正化法)の使い方
2026年1月1日、下請法が改正され「中小受託取引適正化法(取適法)」として施行されました。公正取引委員会・中小企業庁の公表資料に基づく主な変更点は次のとおりです。
| 変更点 | 内容 |
|---|---|
| 用語の変更 | 「親事業者」→「委託事業者」、「下請事業者」→「中小受託事業者」。「下請」という言葉が法律から消えた |
| 協議に応じない一方的な代金決定の禁止 | 中小受託事業者から価格協議の求めがあったにもかかわらず、協議に応じない・必要な説明を行わないなど、一方的に代金を決定することが禁止行為に追加 |
| 手形払い等の禁止 | 約束手形による支払いが禁止。電子記録債権・ファクタリングも、支払期日までに全額現金化できないものは禁止。振込手数料を受託側に負担させることも禁止 |
| 適用範囲の拡大 | 資本金基準に加え従業員数基準(製造委託等300人・役務提供委託等100人が目安)を追加。荷主から運送事業者への委託(特定運送委託)も対象に |
| 面的執行 | 公正取引委員会・中小企業庁に加え、事業所管の主務大臣にも指導・助言の権限。複数省庁が連携して対応 |
順番法律は「最後の一枚」、最初の一枚は原価資料
| 1 | 原価資料を作り、書面で協議を申し入れる。取適法が禁止するのは「協議に応じないこと」であって「値上げを断ること」ではありません。協議が始まるには、こちらから「何が・いくら上がったか」という協議の材料を出す必要があります。根拠なしに「上げてほしい」だけでは、協議は始まりません。 |
| 2 | 実質的な協議を求める。形だけ話を聞いて「今回は難しい」で終わるのは、協議とは言えない建付けです。据え置きになる場合は、その理由の説明を求めてください。申し入れと回答は、日付とともに記録に残します。 |
| 3 | 労務費は「労務費転嫁指針」も引用する。2023年11月に内閣官房・公正取引委員会が公表した「労務費の適切な転嫁のための価格交渉に関する指針」は、発注側に労務費上昇分の転嫁を受け入れる体制整備を求めています。「人件費は御社の経営判断でしょう」という切り返しへの公的な反論材料です。 |
| 4 | 無視され続けた場合にのみ、相談窓口を使う。公正取引委員会・中小企業庁の相談窓口、下請かけこみ寺は、相談した内容が委託事業者に知られない仕組みです。御社の取引が法の対象かどうかの確認にも使えます。 |
※取適法の適用には、委託事業者・中小受託事業者それぞれの資本金または従業員数の要件と取引類型の要件があり、同規模同士の取引では対象外となる場合があります。対象外であっても、原価の根拠資料を示して協議を申し入れる進め方はそのまま有効です。
原価資料は「作る」ものではなく「回す」もの
このワークシートを一度作ると、ほぼ必ず副産物が出てきます。「儲かっていると思っていた製品が、実は原価割れしていた」「この得意先は粗利率が一桁だった」。製品別に原価と粗利を並べた瞬間、儲け方の構造が数字として見えます。
見えてしまえば、打ち手は価格交渉だけではなくなります。赤字製品の受注を見直す、得意先の構成を変える、設備投資で加工時間を短縮する。転嫁交渉の資料を作る過程で、経営の構造が見える。これが、この一枚のいちばん大きな価値だと私は考えています。
線引きこの紙面に書いていないこと
多品種の場合の製品群のまとめ方、間接費の配分基準の置き方、基準時点の選び方で上昇率がどう変わるか、申し入れ書面の具体的な文面、相手の反論への切り返し。ここには技術が要り、製品構成と取引先との関係性によって正解が変わるため、紙面には書いていません。個別のご相談で、御社の製品構成と仕入の実態を見ながらお伝えしています。
次の一歩
直近2期の決算書と、主要製品の売上・仕入の資料をお持ちください。
「どのコストが、いつから、いくら上がったか」の骨格と、交渉用・銀行用に同じ資料をどう使うかの見立てを、その場でお伝えします。
交渉の予定がまだ先の会社ほど、打てる手は多くなります。強引な勧誘はしません。
お電話:06-7777-1762(平日9:00〜18:00)
LINE:https://line.me/R/ti/p/@325iobwg(ID:@325iobwg)
儲け方の構造そのものを作り直したい方には、商品・顧客・販売・事業・組織の5つの構造を2日間で点検する「儲け方の設計ワークショップ」(https://inada-tax.com/moukekata-workshop/)を、私が設計・進行しています。製造業・卸売業の2代目社長向けのページ(https://inada-tax.com/seizo-oroshi-zeirishi/)もご覧ください。
監修
監修:稲田 光浩(いなだ みつひろ)/税理士(登録番号135413)
税理士業界19年・税理士登録8年目。TPM上場準備企業の監査役、社会医療法人の監事を務め、複数社の経営会議に参画。クラウド会計(freee認定アドバイザー)と社外CFOサービスで、成長期の中小企業を支援している。
稲田光浩税理士事務所
〒532-0011 大阪市淀川区西中島4-2-21 ミツフ新御堂筋ビル605(新大阪駅 徒歩圏)
TEL:06-7777-1762|Web:https://inada-tax.com
出典:中小企業庁「価格交渉促進月間(2026年3月)フォローアップ調査」(2026年6月26日公表)/公正取引委員会「2026年1月から下請法は取適法へ」リーフレット/中小企業庁ミラサポplus「【2026年1月1日施行】受注者を守る法!」
本資料の無断転載・複製を禁じます。© 稲田光浩税理士事務所
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