なぜ、真面目な会社ほど給料を上げられないのか?
結論から書きます。中小企業の賃上げが苦しいのは、すでに払えるだけ払っているからです。
中小企業庁の中小企業白書によると、中規模・小規模企業の労働分配率(会社が稼いだ付加価値のうち、人件費に回している割合)は約8割。大企業を大きく上回る水準です。つまり多くの中小企業は、出し惜しみをしているのではなく、稼ぎの大半をすでに人に配り終えている。ここからさらに上げるには、分配の割合ではなく、分配の元になる「稼ぎ」そのものを増やすしかない——これが数字の現実です。
それでも、上げざるを得ない。日本商工会議所の調査では、2026年度の中小企業の賃上げ率は正社員で平均4.29%。しかも賃上げする企業の多くが「業績の改善が伴わない、人材確保のための防衛的な賃上げ」と回答しています。業績が付いてこないまま、固定費だけが先に上がっていく——私が複数社の経営会議で見ているのは、まさにこの構図です。
※出典:中小企業庁「2025年版 中小企業白書」第7節 賃金・賃上げ/日本商工会議所「中小企業の賃上げ・賃金改定に関する調査」(2026年6月公表)
だから、このページで「経費を見直して原資を捻出しましょう」とは書きません。節約で作れる原資は一度きりで、賃上げは毎年続く固定費だからです。かみ合っていないのです、そもそも。
賃上げの原資は、どこから生まれるのか?——3つの源泉
賃上げの原資には、実務上、3つの源泉しかありません。順番に書きます。
① 粗利の改善——値決めと商品構成を変える
② 生産性の改善——同じ人数で、より多くの粗利を
③ 優遇税制——賃上げ促進税制で税金の一部を取り戻す
もう1つ、見落とされがちな現実を書いておきます。給料を上げると、社会保険料の会社負担も一緒に増えます。会社負担分はおおむね給与の15%前後。つまり100万円の賃上げは、会社にとって約115万円の固定費増です。社会保険料の負担と向き合う考え方は、社会保険料削減方法:大阪の税理士が教える効果的なアプローチに書いています。
賃上げ促進税制で、いくら戻ってくるのか?(2026年8月時点)
結論:中小企業なら、給与の増加額の最大35%を法人税額から控除できます。2026年8月時点の中小企業向け賃上げ促進税制の骨子は、次の通りです。
| 要件 | 税額控除率 |
|---|---|
| 雇用者全体の給与等支給額が前年度比 +1.5%以上 | 増加額の 15% |
| 同 +2.5%以上 | 増加額の 30% |
| くるみん・えるぼし(2段階目以上)等の認定を取得 | +5%上乗せ |
| 最大 | 35% |
押さえるべきポイントは4つあります。
第一に、控除の上限はその事業年度の法人税額の20%です。いくら賃上げしても、納める法人税が少なければ、その年に引ける額には天井があります。
第二に、赤字でも無駄になりません。中小企業には、控除しきれなかった分を最大5年間繰り越せる措置があります(繰り越した年度にも給与が前年度比で増えていること等の要件があります)。赤字覚悟の防衛的賃上げでも、黒字転換後に取り戻せる可能性がある——これは実務上、大きい変更点です。
第三に、教育訓練費の上乗せ(+10%)は令和8年度税制改正で廃止されました。かつての「最大45%」は、2026年4月1日以後に開始する事業年度では使えません。それ以前に開始した事業年度には旧制度が適用される余地があるため、決算期をまたぐ判定は事業年度ごとの確認が必要です。古い解説記事の「最大45%」を前提に資金計画を組まないでください。
第四に、適用には要件の事前確認が要ります。対象は青色申告の中小企業者等で、適用期限は令和9年3月31日までに開始する事業年度。雇用者給与の集計範囲や明細書の添付など、細かい要件で適用が変わる可能性があります。
数字の規模感を、モデル計算で示します。仮に給与総額5,000万円の会社が2.5%(125万円)のベースアップをした場合、125万円×30%=約37.5万円の税額控除(法人税額の20%が上限)。決して小さくない金額です。ただし、翌年も、その翌年も払い続ける125万円+社会保険料に比べれば、一度きりの37.5万円は「背中を押してくれる追い風」であって、原資そのものではありません。
※出典:中小企業庁「賃上げ促進税制」・国税庁タックスアンサー。制度の詳細・最新情報は必ず一次情報でご確認ください。適用可否は個社の状況により異なります。
❌ やってはいけないこと:税制と補助金を「原資」として賃上げを決める
税額控除は一度きり、給料は毎年続く固定費です。この時間軸のズレを無視して「控除があるから上げられる」と決めると、2年目以降に資金繰りを直撃します。私が経営会議の席で必ず確認するのは「この賃上げを、5年後も続けられる粗利の見通しがあるか」の一点です。順番は、原資の構造が先、賃上げが次、税制は最後のおまけ。逆にしてはいけません。
給料を上げ続けられる会社は、何が違うのか?——答えは「儲け方の構造」
私は税理士として、複数の会社の経営会議に外部の立場で継続的に参加しています。東京プロマーケット上場準備中の企業では監査役として、社会医療法人では監事として、お金の使い道を審査する側に座っています。その席から見てきたことを、一般化して書きます。
毎年給料を上げられる会社と、上げられない会社の差は、社長の気前でも、社員の頑張りでもありません。「儲け方の構造」の差です。
儲け方の構造とは、商品(何で儲けるか)× 顧客(誰に売るか)× 販売(どう売るか)× 事業(どの土俵で戦うか)× 組織(誰がやるか)の5つの掛け算です。
賃上げとの関係で言えば、こうなります。粗利の取れない商品構成のまま、値段でしか選ばれない顧客構成のまま、いくら現場が頑張っても、一人当たり粗利は増えません。一人当たり粗利が増えなければ、一人当たりの給料も増えません。給料が上げられないのは、5つの構造のどこかに「×」があるサインなのです。
逆に、給料を上げ続けている会社の経営会議には共通点があります。「何をやめるか」の議題が出ることです。利益の薄い商品を絞る、安値の取引条件を見直す、儲からない事業から撤退する。捨てる意思決定があるから、残った仕事に粗利が集まり、その粗利が給料になる。私の体感では、これは社長の能力の差ではなく、構造を議題に載せる仕組みがあるかどうかの差です。
会社の「儲け方の構造」から支払われる——
経営会議の中から見てきた、正直な実感です。
5つの構造それぞれの「×のサイン」と直す順番は、頑張っているのに利益が残らないのはなぜかで詳しく書いています。数字を商品別・部門別に分けて見る方法は管理会計の入口|社長がまず作るべき3表をどうぞ。
給料の「世間相場」は、どう見ればいいのか?
結論:相場は下限の目安、支払能力は上限の制約。この2つを毎年、数字で確認するのが実務です。
まず相場側。感覚や同業者の噂ではなく、公的統計で見ます。厚生労働省の「賃金構造基本統計調査」を使えば、業種×地域×年齢層ごとの賃金水準が確認できます。賃上げ率の相場観は、先に挙げた日本商工会議所の調査(2026年度・中小企業の正社員で平均4.29%)が目安になります。求人で競り負けている実感があるなら、まず自社の給与テーブルをこの統計と並べてみてください。ズレの大きさが、採用難の正体であることが少なくありません。
次に支払能力側。ここで使うのが労働分配率(人件費÷粗利)です。面談でよく聞かれるのが「うちはあといくら上げられるのか」という質問ですが、答えはこの1本の割り算から始まります。分配率がすでに8割を超えているなら、相場に追いつくための賃上げは、粗利の改善とセットでなければ利益を食い潰します。逆に分配率に余裕があるのに人が辞めていくなら、それは払えないのではなく、配り方の問題です。
賞与も同じ構造で考えます。「世間が出しているから出す」ではなく、世間相場と自社の支払能力の両方を見て、どこまでを固定給で約束し、どこからを業績連動の賞与で報いるかを設計する。この線引きができている会社は、業績の波が来ても給与体系が壊れません。
自社の粗利と分配率を決算書から読む基本は、経営者のための決算書の読み方に書いています。
5年かけて「給料を上げ続けられる会社」に、どう変えるか?
正直に書きます。儲け方の構造改革は、1年では終わりません。商品構成の入れ替えも、顧客の質の入れ替えも、数字に表れるまで時間がかかります。だからこそ要るのが、5年の設計図です。
5年後、社員に払いたい給与水準を先に決める。そこから逆算して、必要な一人当たり粗利を出す。その粗利を生むために、5つの構造のどこをどの順番で作り替えるかを決める——賃上げを「毎年の悩み」から「計画の通過点」に変える、これが設計図の役割です。給料の増額が、いつ、どの構造改革から生まれるのかを数字の連鎖で確認できれば、社長は初めて安心して「上げる」と言えます。
「うちの構造のどこに×があるのか、自分では特定できる気がしない」と感じた方へ。それが普通です。社長は自社に近すぎて、自社の構造が見えにくい。外の目と、診断の型が要ります。当事務所では、5構造の診断から5年計画の骨子、翌日から動ける30日アクションまでを2日間で作り上げる「儲け方の設計ワークショップ」を実施しています。方法論の設計から当日の伴走まで、税理士である私がひとつの席で担います。
まずは無料の45分相談+決算書2期分の診断から
御社の労働分配率と粗利の構造を決算書2期分から確認し、「あといくら上げられるか」「原資をどこから作るか」の初期診断までは無料相談の中でお伝えします。賃上げ促進税制の適用可否も一緒に確認できます。売り込みはしません。合わなければ、正直にそう言います。
社員の給料と賃上げについて、よくある4つの質問
Q1. 赤字でも賃上げ促進税制は使えますか?
Q2. 固定給と賞与、どちらで上げるべきですか?
Q3. 顧問税理士がいますが、賃上げの相談だけでもできますか?
Q4. 大阪以外の会社でも相談できますか?
まとめ——社員の給料は、構造から支払われる
賃上げの原資は、節約からは生まれません。源泉は、粗利の改善、生産性、そして優遇税制の3つ。ただし税制は一度きりの追い風であり、毎年続く給料を支えるのは「儲け方の構造」だけです。相場は下限の目安、支払能力は上限の制約。この2つを毎年数字で確認し、5年の設計図で賃上げを「計画の通過点」に変える——それが、社員に胸を張って「来年も上げる」と言える唯一の道だと、私は経営会議の中から見てきました。
今日できる小さな行動を1つ。直近の決算書を開いて、人件費÷粗利(労働分配率)を電卓で一度計算してみてください。8割を超えていたら、次に上げる原資は構造からしか生まれません。6割台なら、配り方を設計し直す余地があります。どちらに転んでも、打ち手は変わります。
来年もまた、求人票と給与テーブルを前にため息をつくのか。それとも、原資が生まれる構造を作り始めるのか。分かれ道は、今日の割り算1つです。
無料45分相談+決算書2期分の診断
御社の労働分配率と粗利構造から、賃上げ余力と原資の作り方を一緒に確かめます。オンライン全国対応です。
関連ページ:儲け方の設計ワークショップ/頑張っているのに利益が残らないのはなぜか/社会保険料削減の効果的なアプローチ/経営者のための決算書の読み方/管理会計の入口|社長がまず作るべき3表


