まだ赤字ではない。リスケ(返済条件の変更)が要るほどでもない。でも、資金繰り表を見るたびに、去年より通帳の残高の減りが早い気がする——そんな胃の重さを、社長は一人で抱えていないでしょうか。
銀行の担当者の態度が、少し変わった気がする。
父の代からの取引だが、いつまでこの調子で貸してくれるのか。
数字は苦手だ。だから、正面から聞くのが少し怖い。
正直に書きます。この「まだ大丈夫だが、なんとなく不安」という段階こそ、いちばん動きにくい。危機なら誰でも動くのに、その手前では後回しになる。私は税理士であり、国が認定する認定経営革新等支援機関として、社長と一緒に経営改善計画を作り、それを金融機関に通してきました。その経験から断言できるのは、資金繰りは「悪くなってから」より「悪くなる前」に手を打ったほうが、選べる打ち手がはるかに多いということです。
その「早めの一手」を、国が費用の3分の2まで負担して後押しする制度があります。早期経営改善計画策定支援——2026年3月の改定で通称がバリューアップ支援事業(Vアップ事業)に改められた制度です(旧称:ポストコロナ持続的発展計画事業、通称ポスコロ事業)。この改定で補助の上限は大きく引き上げられ、最大100万円まで拡充されました。この記事では、制度の仕組み、よく混同される「405事業(本格版)」との違い、そして銀行に出すと資金繰りが実際どう変わるのかを、現場目線で正直に解説します。
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1. 早期経営改善計画(バリューアップ支援事業)とは何か?なぜ「早めの一手」なのか?
早期経営改善計画とは、ひとことで言えば「まだ危機ではない会社が、危機になる前に作る、簡易な経営改善計画」です。認定経営革新等支援機関(税理士・中小企業診断士など、国が認定した専門家)と一緒に計画を作り、それを取引金融機関へ提出することで、自社の経営を早めに見直す——その一連の取り組みを、国が費用面で補助します。
制度の正式名称は「早期経営改善計画策定支援」。2026年3月の改定で通称がバリューアップ支援事業(Vアップ事業)に改められました(旧称ポスコロ事業)。窓口は各都道府県の中小企業活性化協議会です(※期限・条件は改正され得るため申請前に要確認)。
ここで大事なのは、「早期」という言葉の重みです。リスケや債務免除といった、いわゆる金融支援が必要になった会社が使う制度ではありません。むしろその一歩も二歩も手前——「返済は問題なくできているが、売上が読みにくい」「利益は出ているのに現金が残らない」「銀行対応を経験と勘でやってきて、根拠のある資料がない」という段階の会社が対象です。
返済に問題がない今の段階では、まだ計画づくりは不要だと考える2代目社長は少なくありません。しかし私は逆で、返せているうちに作るからこそ意味がある、と考えています。
計画に盛り込む中身も、A4で何十枚もの分厚い再建計画ではありません。中小企業庁が示している標準的な様式は、ビジネスモデル俯瞰図・資金実績や計画の表・アクションプラン・損益計画といった数枚の資料が中心です。2026年3月の改定では、この計画の構成要素に実態貸借対照表(在庫や売掛金などを実際の価値に評価し直し、会社の本当の純資産を映す貸借対照表)が加わりました。数字を化粧のない姿で一度直視する——これが改定の狙いです。作り込みより、「自社の現在地を数字で正直に見て、次の一年の打ち手を紙にする」ことに主眼があります。
経験上、間違いないのは、この作業を一度きちんと通した社長は、その後の銀行面談での顔つきが変わるということです。数字を「見せられて説明される側」から、「自分の言葉で語る側」に回る。それが早期経営改善計画の、補助金額には表れない本当の価値だと私は考えています。
2. 国が負担する費用はいくらか?補助率2/3・上限額の内訳は?
費用は、認定支援機関(専門家)に支払う計画策定・伴走支援などの料金のうち、3分の2を国が補助します。残りの3分の1が自己負担です。2026年3月の改定で上限が大幅に引き上げられ、補助対象となる費用は次の4種類、合計で上限100万円になりました。
数字を先に置いておきます。制度の内訳を整理してから、社長にとって何を意味するかを解説します。
補助対象となる4つの費用(合計上限100万円)
- 計画策定支援費用:補助率2/3・上限50万円
- 伴走支援費用:補助率2/3・上限30万円
- 企業概要書作成費用:補助率2/3・上限10万円
- 金融機関交渉費用:補助率2/3・上限10万円
4つ目の金融機関交渉費用は、経営者保証(社長個人が会社の借入を連帯保証すること)の解除などを目指して金融機関と交渉する場合に使える枠です。改定前は通常枠25万円・経営者保証解除枠でも最大35万円でしたから、100万円への拡充は制度の性格を変えるほどの引き上げだと言えます。
ここで、多くの社長が誤解しがちなポイントを1つ。「上限額」は「もらえる額」ではありません。あくまで補助率2/3を適用したうえでの上限です。たとえば計画策定の専門家報酬が60万円だった場合、その2/3は40万円。上限50万円の範囲内なので、補助は40万円、自己負担は20万円という計算になります(税の扱いは案件により異なるため、詳細は専門家に確認してください)。
要確認:補助率・上限額・対象要件は年度の予算や制度改正で変わり得ます。この記事の数字は執筆時点(2026年7月)のもので、中小企業庁の早期経営改善計画策定支援ページおよび管轄の中小企業活性化協議会で必ず最新を確認してください。
私の体感では、金額の多寡そのものより、「国の制度に沿って、第三者(認定支援機関)と一緒に作った計画である」という事実のほうが、金融機関に対しては効きます。理由は次の第4章で書きます。
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3. 本格版の「405事業」と何が違い、うちはどちらを使うべきか?
結論から書きます。返済に困っていないなら早期経営改善計画(バリューアップ支援事業)、リスケなどの金融支援が必要なら405事業(経営改善計画策定支援)です。この2つは名前が似ているせいで本当によく混同されますが、対象も規模もまったく別物です。
405事業とは、リスケや返済条件の変更、事業再生といった金融支援を伴う本格的な経営改善計画を、専門家の支援で作る制度です。金融機関の同意が前提で、財務デューデリジェンス(詳細な財務調査)も行い、モニタリング(進捗の伴走)は3年間に及びます。計画策定・伴走支援あわせた補助上限は300万円(別途、金融機関交渉費用10万円を加算可)と、桁が一つ大きい。それだけ重い会社が使う制度だということです。
両者を、社長の視点で並べるとこうなります。
| 比較項目 | 早期経営改善計画(バリューアップ支援事業) | 経営改善計画(405事業) |
|---|---|---|
| 対象 | 返済は問題ないが経営を見直したい会社 | リスケ等の金融支援が必要な会社 |
| 金融支援 | 不要 | 必須(リスケ・条件変更など) |
| 計画策定の補助上限 | 50万円(伴走等含め合計100万円) | 200万円(伴走含め合計300万円) |
| モニタリング | 年2回以上・3年間 | 3年間 |
| 金融機関の同意 | 不要 | 必須 |
| 計画の中身 | 俯瞰図・資金計画・アクションプラン中心 | 財務DD・返済条件変更・再生計画 |
出典:中小企業庁「早期経営改善計画策定支援」「経営改善計画策定支援」/各中小企業活性化協議会の公表資料をもとに作成(数字は執筆時点)。
年商5億以上の製造業・卸売業の2代目社長から相談を受けるとき、私がまず切り分けるのはここです。「銀行に返済の相談をしなければならない状態か、そうでないか」。まだリスケの話が出ていないなら、迷わずバリューアップ支援事業のほうです。405事業は、いわば会社の「治療」。バリューアップ支援事業は「健康診断とジム通い」。順番を間違えてはいけません。
ちなみに、早期経営改善計画をきちんと回したうえで、それでも構造的な立て直しが要ると分かれば、そこから405事業へ移行するという道もあります。早めに動くほど、選べる制度も増えるということです。
4. 銀行に「早期経営改善計画」を出すと、資金繰りと融資はどう変わるのか?
いちばん本質的な問いに答えます。結論は、「計画そのもの」より「計画を出せる会社だと銀行に伝わること」で、融資の土俵が変わるということです。
私が現場でずっと言い続けているのは、銀行融資は「数字の審査」ではなく「返済ストーリーの審査」だということです。銀行員が本当に見たいのは、過去の決算書の点数だけではありません。「この会社は、来期どう稼いで、どう返すつもりなのか」——その筋書きを、社長自身の言葉で語れるかどうか。早期経営改善計画は、まさにその返済ストーリーを、第三者の認定支援機関と一緒に紙にする作業です。
これを金融機関に提出すると、実務上こういう変化が起きます。
- 会話の質が変わる:「決算書を見せてください」から「この計画のこの前提、どう考えていますか」へ。銀行員が、御社を”モニタリングして貸したい先”として扱い始めるきっかけになります。
- 資金繰りの先が見える:資金実績・計画表を作る過程で、いつ現金が薄くなるかが事前に分かる。だから「足りなくなってから駆け込む」のではなく、「必要になる前に相談する」動きに変わります。これが交渉力の源泉です。
- 経営者保証の見直し余地:解除枠を使えば、社長個人の連帯保証を外す交渉の土台にもなり得ます(外れるかは金融機関の判断次第で、確約はできません)。
ただし——ここは正直に書きます。早期経営改善計画は「出せば融資が通る魔法の書類」ではありません。計画の数字が現場の実感と乖離していたり、作って提出しただけで棚の奥に眠ったりすれば、効果は限りなくゼロに近い。効くのは、計画を”回している”会社だけです。資金繰り表は毎月更新する。アクションプランは実際に着手する。その運用まで含めて初めて、銀行は「この社長は違う」と見ます。
❌ ここで多くの社長がやってしまう失敗
補助金の存在だけを目当てに、認定支援機関に「計画作成を丸投げ」してしまうこと。社長がほとんど関与せず、専門家が体裁だけ整えた計画は、銀行面談で必ず見抜かれます。「この数字の根拠は?」と聞かれて社長が黙る——その瞬間、計画はマイナスに働きます。作るのは専門家でも、語るのは社長本人。この主従が逆転した計画に、補助金以上の価値は生まれません。
だから私は、早期経営改善計画を「作業」ではなく「社長のトレーニング」だと位置づけています。数字を自分の言葉にできる社長は、結果として数字を根拠に投資や借入の判断ができるようになる。融資が有利に運ぶのは、その副産物です。
5. どんな会社が使うべきで、どんな会社は使わないほうがいいのか?
制度をすすめる記事は世の中に山ほどありますが、「合わない会社」を書いている記事はほとんど見ません。だから正直に、両方書きます。
使うべき会社
- 返済は問題なくできているが、売上や利益の先行きが読みにくく、資金繰りに漠然とした不安がある
- 先代から引き継いだが、数字に基づく経営計画を一度も作ったことがない2代目・3代目の社長
- 銀行対応を経験と勘でやってきて、根拠のある資料で説明できるようになりたい
- 経営者保証を外していきたいが、その交渉の足がかりがない
- 製造業・卸売業などで在庫や売掛が現金を圧迫している感覚はあるが、構造を数字で掴めていない
使わないほうがいい・向かない会社
- すでにリスケや返済条件変更が必要な会社——それは405事業の領域です。バリューアップ支援事業では間に合いません
- 補助金だけが目的で、計画を回すつもりがない会社——前章の通り、逆効果になり得ます
- 過去にこの制度や405事業を利用済みで、要件上の重複に該当する会社(利用可否は活性化協議会に要確認)
- 社会福祉法人など、制度の対象外とされる法人形態に該当する場合
言葉を選ばずに書きます。「補助金が出るなら、とりあえず」で始める制度ではありません。自己負担は3分の1とはいえ発生しますし、何より社長の時間を使います。使うべきは、「この一年で、自社の数字を自分の手に取り戻す」と腹をくくった社長です。その覚悟がある会社にとっては、費用の2/3・最大100万円を国が持ってくれるこの制度は、率直に言って破格の後押しだと思います。
6. 顧問税理士を変えずに、財務だけを別の人に相談することはできるのか?
できます。そして、この相談は本当に多い。結論から言えば、顧問契約はそのまま、早期経営改善計画の策定や財務の伴走だけを別の認定支援機関に依頼することは、実務上まったく問題ありません。
先代からの付き合いで顧問税理士を変えづらいが、その先生は資金繰りや銀行対応の相談には乗ってくれない——2代目社長から、私はこの悩みを繰り返し聞いてきました。税務申告をしてくれる税理士と、財務戦略に伴走する専門家は、そもそも役割が違います。前者が「過去の数字を正確にまとめる」仕事なら、後者は「未来の数字を一緒に作る」仕事です。両方を一人に求める必要はありません。
早期経営改善計画は、認定経営革新等支援機関であれば、御社の顧問税理士でなくても支援できます。私自身、顧問は既存の先生のまま、財務と計画づくりだけを伴走する形の相談を数多く受けています。税理士を「変える」のではなく、財務の相談先を「増やす」。この選択肢があることを、知らない社長がまだ多いのが実情です。
財務を税理士業務の枠を超えて相談することの意味については、税理士が財務コンサルとして伴走するメリットでも詳しく書いています。
7. よくあるご質問(FAQ)
Q1. 赤字でなくても、早期経営改善計画は使えますか?
使えます。むしろ黒字で返済も問題ない段階の会社こそ、本来の対象です。早期経営改善計画(バリューアップ支援事業)は、リスケなどの金融支援が「必要ない」会社が、経営を早めに見直すための制度です。赤字やリスケが前提になるのは、別制度の405事業(経営改善計画策定支援)のほうです。
Q2. 費用はどれくらい自己負担になりますか?
専門家に支払う費用のうち、国が3分の2を補助し、残り3分の1が自己負担です。2026年3月の改定で上限が引き上げられ、補助対象は計画策定支援(上限50万円)・伴走支援(上限30万円)・企業概要書作成(上限10万円)・金融機関交渉(上限10万円)の4費用、合計上限100万円になりました。いずれも補助率2/3を適用した上での上限であり、実際の補助額と自己負担額は専門家報酬の設定によって変わります。数字は執筆時点のもので、申請前に中小企業庁および中小企業活性化協議会の最新情報をご確認ください。
Q3. 405事業(本格版)とどちらを選べばいいですか?
返済に困っておらず、経営の見直しが目的なら早期経営改善計画(バリューアップ支援事業)です。すでにリスケや返済条件の変更といった金融支援が必要な状態なら405事業を選びます。405事業は金融機関の同意が前提で、財務調査を伴い、補助上限も合計300万円と大きく、重い制度です。まず早期経営改善計画で自社の現在地を把握し、必要なら405事業へ移行するという順序も可能です。
Q4. 銀行に提出すると、かえって「経営が悪いのか」と警戒されませんか?
実務上、逆に評価されるケースのほうが多いというのが私の経験です。早期経営改善計画は「危機だから出す書類」ではなく「危機になる前に自主的に経営を見直している証」です。国の制度に沿って認定支援機関と作った計画を提出することは、金融機関にとって「この社長は数字と向き合っている」というサインになります。ただし効果を出すには、計画を提出後も毎月回し続けることが前提です。
Q5. 顧問税理士がいますが、計画づくりだけを別の専門家に頼めますか?
頼めます。顧問契約はそのままに、早期経営改善計画の策定や財務の伴走だけを、別の認定経営革新等支援機関に依頼することは実務上問題ありません。税務申告と財務戦略は役割が異なるため、相談先を「変える」のではなく「増やす」という考え方が現実的です。
Q6. 大阪以外の会社でも相談できますか?
できます。当事務所は大阪市淀川区ですが、オンラインで全国対応しています。早期経営改善計画の策定支援は、決算書等の資料を事前に共有いただければ、初回からオンラインで具体的な議論が可能です。申請窓口となる中小企業活性化協議会は各都道府県に設置されているため、御社の所在地に応じてご案内します。
8. まとめ|「早めの一手」が、来期の社長の脳の余白を作る
早期経営改善計画(バリューアップ支援事業)について、要点を整理します。
- 制度の本質——まだ危機ではない会社が、危機になる前に作る簡易な経営改善計画。国が費用の2/3を補助
- 費用——補助率2/3、4つの補助対象費用(計画策定50万・伴走30万・企業概要書10万・金融機関交渉10万)で合計上限100万円(※2026年3月改定・要確認)
- 405事業との違い——リスケ不要ならバリューアップ支援事業、金融支援が必要なら405。順番を間違えない
- 銀行への効果——計画そのものより「返済ストーリーを語れる会社」になることで融資の土俵が変わる
- 使い方——丸投げは逆効果。作るのは専門家でも、語るのは社長本人
資金繰りの不安は、頭の片隅に居座り続けます。それを抱えたままでは、社長の頭は本来やるべき「攻めの意思決定」に使えません。数字の不安を紙の上で見える化して、打ち手を決める。それだけで、来期に向けた社長の脳の余白が生まれます。早期経営改善計画は、その余白を作るための、国が費用の2/3を後押ししてくれる最も手前の一手です。
来期もまた、通帳の残高と社員の顔色を交互に見ながら、一人で胃を痛める一年を過ごすのか。それとも、自社の数字を自分の言葉で語り、銀行と対等に向き合える社長になるのか。その分かれ目は、景気でも会社の規模でもなく、「まだ大丈夫」な今、早めの一手を打つかどうかです。
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早期経営改善計画の策定と月次運用、資金繰り設計、銀行融資、経営者保証の見直し——お金まわりの意思決定を、税理士業務の枠を超えて一気通貫で伴走するのが Luxe Partners です。計画を作って終わらせず、毎月の経営会議で数字が回るところまで、社外CFOとして並走します。
この記事を書いた人
稲田光浩(いなだ みつひろ)
税理士/稲田光浩税理士事務所 代表
年商1〜10億の成長企業オーナー専門・認定経営革新等支援機関・freee認定アドバイザー
- 顧問先:成長期の中小企業・スタートアップ・医療歯科・飲食等
- CFO顧問の伴走実績あり、新規CFO顧問の受付を再開しています
- 監査役:東京プロマーケット 上場準備中の企業 1社
- 監事:社会医療法人 1法人
- 経営会議・取締役会への参加経験:複数社
- プロジェクト型支援領域:経営ダッシュボード設計・構築/経営計画策定/資金調達伴走/経理業務フロー改善/AI活用設計
〒532-0011 大阪市淀川区西中島4-2-21 ミツフ新御堂筋ビル605



