決算を締めて、利益が残った。いい話のはずなのに、社長の手元にはそのお金が来ません。
会社のお金は会社のものです。社長個人のものにするには、どこかで個人へ移す必要があります。そして移し方によって、残る金額が大きく変わります。
先に数字を出します。勤続30年で1億円の役員退職金を取った場合、手取りは8,112万円。同じ1億円を役員報酬で受け取ると、約5,000万円です。
なぜこれだけ違うのか、どうすればその形にできるのか、そして一番つまずきやすいのはどこかを順に書きます。
先に申し上げておくと、ここは「準備」の話です
退職金は、退職する年に思いついて出せるものではありません。規程・決議・そして払う現金の3つが要ります。準備には年単位の時間がかかります。いま50代なら、ちょうど始める時期です。
自社でいくらまで出せるかを知りたい場合は、初回45分の無料相談でご一緒に試算します。
初回45分・無料|対面/オンライン可|平日9:00-20:00(土日祝対応可)|24時間以内にご返信|無理な営業はいたしません
会社のお金を個人へ移すルートは、実質3つです
配当という手もありますが、法人税を払ったあとの利益から出すうえに、会社側では経費になりません。同族会社ではあまり使われないので、ここでは外します。
残るのは次の3つです。
① 役員報酬
毎月、給与として受け取る
会社:損金になる
個人:給与所得・総合課税
社会保険料がかかる
税負担はいちばん重い
② 役員退職金
退職するときに、一度だけ
会社:損金になる(相当額まで)
個人:退職所得・分離課税
社会保険料はかからない
税負担はいちばん軽い
③ 企業年金・共済
毎月積み立てて、将来受け取る
会社:掛金が損金になる
個人:拠出時は課税されない
受け取るときに退職所得など
時間はかかるが確実
②と③は、どちらも最後は退職所得として受け取る形になります。違うのは、②は会社に現金が必要なタイミングで一度に出ていき、③は毎月少しずつ出ていく点です。
どちらか一方ではなく、両方を組み合わせることになります。
なぜ退職金だけ、税金が軽いのか
理由は3つ重なっています。順に効いていきます。
第1段:退職所得控除が引かれる
勤続年数に応じて、まず控除されます(所得税法30条3項)。
| 勤続年数 | 退職所得控除額 |
|---|---|
| 20年以下 | 40万円 × 勤続年数 |
| 20年超 | 800万円 + 70万円 ×(勤続年数 − 20年) |
勤続30年なら、800万円+70万円×10年=1,500万円が引かれます。
第2段:残りが半分になる
控除したあとの金額を、2分の1にします。ここが一番大きい。
第3段:他の所得と合算されない
退職所得は分離課税です。その年に役員報酬を取っていても、合算して税率が跳ね上がることはありません。
この3段が重なると、1億円はこう圧縮されます。
1億円が、課税対象4,250万円になるまで(勤続30年)
受け取る退職金 1億円
− 退職所得控除 1,500万円 → 8,500万円
× 2分の1 → 4,250万円(ここに課税)
1億円のうち、税金がかかるのは4,250万円の部分だけです。しかも他の所得とは合算されません。
自社の勤続年数で計算してみたい方へ
勤続年数と役員報酬が分かれば、いくらまで出せそうかの目安はその場で出ます。直近2期の決算書と、就任年月日が分かるものをお持ちください。
無料相談を申し込む | 電話 06-7777-1762 | LINEで質問する
1億円のシミュレーション
勤続30年、退職金1億円、その年に他の所得はないものとして計算します。
| 項目 | 計算 | 金額 |
|---|---|---|
| ① 退職金 | — | 100,000,000円 |
| ② 退職所得控除 | 800万+70万×(30−20) | 15,000,000円 |
| ③ 退職所得 | (① − ②)× 1/2 | 42,500,000円 |
| ④ 所得税 | ③ × 45% − 4,796,000 | 14,329,000円 |
| ⑤ 復興特別所得税 | ④ × 2.1% | 300,909円 |
| ⑥ 住民税 | ③ × 10% | 4,250,000円 |
| ⑦ 税額合計 | ④+⑤+⑥ | 18,879,909円 |
| ⑧ 手取り | ① − ⑦ | 81,120,091円 |
1億円のうち、8,112万円が手元に残ります。手取り率は81.1%です。
同じ1億円を、役員報酬で受け取ったら
比較のために、同じ1億円をその年の役員報酬として受け取った場合も計算してみます。
| 項目 | 金額 |
|---|---|
| 役員報酬 | 100,000,000円 |
| 給与所得控除(上限) | 1,950,000円 |
| 給与所得 | 98,050,000円 |
| 所得税+復興特別所得税 | 約40,152,000円 |
| 住民税 | 約9,805,000円 |
| 手取り(概算) | 約5,000万円 |
※基礎控除などの所得控除と社会保険料は考慮していません。税率の違いを見るための単純化した計算です。実際に1億円を1年で役員報酬として受け取ることは現実的ではありませんが、同じ金額でも受け取り方で負担が変わることを示すために並べています。
同じ1億円でも、手元に残る額が違う
役員退職金として受け取る
役員報酬として受け取る(概算)
差はおよそ3,100万円。会社から出る金額は同じ1億円です。
ここで気をつけること
❌ 「1億円出せる」と決めてしまう……いくらまで損金にできるかは別の判断です。次の見出しで書きます
❌ 退職所得控除の勤続年数を、役員になってからの年数で数える……ここは使用人だった期間も通算します(所得税法施行令69条1項1号「引き続き勤務した期間」)。使用人22年+役員8年なら勤続30年です。役員としての年数で見るのは、2分の1が使えるかの判定(所得税法30条5項)と、功績倍率法で使う年数のほうです
❌ 払う現金の手当てを後回しにする……1億円は一度に出ていきます。制度より先に、資金の話です
ただし、払えば通るわけではありません
ここからが本題かもしれません。
役員退職金は、不相当に高額な部分が損金に算入されません(法人税法34条2項、同施行令70条2号)。条文では、相当かどうかを次の要素で判断するとされています。
- その役員が業務に従事した期間
- 退職の事情
- 同種の事業を営み、事業規模が類似する法人の役員退職給与の支給状況
実務では「功績倍率法」という計算がよく使われます。最終報酬月額 × 勤続年数 × 功績倍率、という式です。
ただ、正確に書いておきます。この式は法令に定められたものではありません。実務と裁判例の積み重ねのなかで使われてきた目安です。「功績倍率3.0までなら大丈夫」といった言い方を見かけますが、そう書かれた条文はありません。
最終報酬月額が低い社長の場合、この式で計算すると驚くほど小さい金額になります。役員報酬を抑えて利益を残してきた会社ほど、退職金の枠が小さくなるという、少し皮肉な構造です。
私がご相談を受けて最初に確認するのも、たいていここです。社長の役員報酬がいくらかで、出せる金額の見当がついてしまいます。
損金不算入になると、会社では法人税が課され、受け取った本人には退職所得として課税されます。両方で持っていかれるので、ここの見積もりは慎重にやってください。
規程と決議がないと、そもそも出せません
役員退職慰労金規程を作り、株主総会で決議する。この2つが要ります。
私は監査役・監事として、こうした決議の場に実際に出ています。そこで見ているのは金額そのものより、何を根拠にその金額にしたかが残っているかです。あとから説明を求められたときに、記録がないと困ります。
決めたことを残すという話は、財務の全般に共通します。
→ 中小企業の財務が詰まる20の場所|社外CFOが見ている順番(20番が「決め方が記録に残っていない」です)
落とし穴:2分の1が使えない場合があります
退職所得のいちばんおいしい部分は、2分の1にする計算です。これが使えないケースがあります。
役員等としての勤続年数が5年以下の場合、特定役員退職手当等に当たり、2分の1の計算が適用されません(所得税法30条5項)。
「退職金を取るために、親族を役員にして数年で退職させる」といった組み方は、ここで止まります。制度として想定されている話です。
なお、役員等以外の方についても、勤続年数が5年以下の短期退職手当等について、控除後の残額が300万円を超える部分には2分の1の計算が使えません。
もう一つのルート:企業型DCなら、社長も積めます
退職金は一度に出ていくお金です。会社に1億円の現金がなければ、払えません。
そこで出てくるのが、毎月少しずつ積み立てていく方法です。ここで中小企業退職金共済(中退共)を思い浮かべる方が多いのですが、中退共に役員は原則として加入できません。
社長ご自身の分を積むなら、企業型確定拠出年金(企業型DC)が選択肢になります。厚生年金の被保険者であれば加入できるので、役員も対象です。
企業型DCで、会社のお金が個人の資産になる流れ
全額が損金になる
拠出時は個人に課税されない
一時金なら退職所得
拠出した時点では個人の所得になりません。ここが役員報酬との大きな違いです。
拠出できる金額には上限があります。2024年12月1日から、月額5.5万円から確定給付企業年金等の他制度掛金相当額を差し引いた額になりました。他制度がなければ月5.5万円です。
そして2026年12月から、この上限が6.2万円に引き上げられます。年間では66万円が74.4万円になります。これから導入するなら、6.2万円で設計してください。
なお「2.75万円」という数字を覚えている方がいますが、これは確定給付企業年金などを併用している会社の以前の上限です。他制度がなければ関係ありません(併用していて差し引いた額が2.75万円を下回る場合は2.75万円とする経過措置があります)。
年間66万円(2026年12月からは74.4万円)。1億円には遠いと思われるかもしれません。ただ、これは毎年確実に積み上がるお金で、しかも拠出時に個人へ課税されません。役員退職金と組み合わせる前提で考えるものです。
正直に言えば、この枠だけで老後の資金が足りるとは思っていません。それでも勧めるのは、会社の利益を個人に移す経路として、税負担がいちばん軽い部類に入るからです。使える枠は使っておくほうがいい、という程度の話でもあります。
受け取れるのは原則60歳からで、60歳時点の通算加入者等期間が10年に満たないと61歳から65歳まで繰り下がります。58歳で始めても、受け取りは65歳という話になります。始める時期が効きます。
→ 中退共と企業型DC、どちらにするか|中小企業の退職金制度の選び方
退職金とDCを両方受け取る場合、退職所得控除は2回使えません
所得税法30条6項と同施行令70条で、受け取る順番と間隔によって控除が調整されます。役員退職金を先に受け取った場合、その後19年内に受け取るDC一時金は、重複する期間の控除が差し引かれます。逆にDC一時金が先なら9年内が調整の対象で、こちらは令和8年1月1日以後に支払を受けたものから適用されています。
「60歳で退職金、65歳でDC一時金」という順番だと、DC側の控除はほとんど残りません。受け取り方は、積み始めるときに決めてください。→ オーナー社長の資産形成|年390万円の枠と、3人の社長の10年後
確定給付企業年金は、オーナーの資産形成には向きません
企業年金のもう一方である確定給付企業年金(DB)はどうか。これは、この目的には合いません。
DBは、将来の給付額を先に約束して、会社が運用リスクを負う制度です。積立が足りなくなれば会社が追加で拠出します。個人の資産を作るというより、従業員への約束を果たすための制度だと考えてください。
制度としては、昔の企業年金が一度壊れたあとに作り直されたもので、いまは積立義務や積立基準が課されています。制度の作りとしては固いのですが、中小企業で導入するには重すぎます。
→ 確定給付企業年金(DB)と確定拠出年金(DC)の違い|昔の企業年金はなぜ壊れたのか
オーナーの資産形成という観点では、企業型DCのほうが素直です。あわせて、小規模企業共済も検討の対象になります。
→ 小規模企業共済とは?掛金上限7万円・全額所得控除・受取時の税金
一番大事なのは、払う現金があるかどうか
ここまで税金の話をしてきましたが、私が実務でつまずくところを見てきたのは、たいてい資金のほうです。
1億円の退職金は、1億円の現金が出ていくということです。その月の資金繰りが回るか。借入の返済と重ならないか。取引先への支払いに影響しないか。
退職金を出す年は、利益が大きく減ります。銀行の見え方も変わります。事前に説明しておかないと、翌年の融資の話がややこしくなります。
→ 債務償還年数の計算と改善のしかた/手元資金はいくら必要か|目安の考え方
承継を考えているなら、ここも効きます
退職金を支給すると、その分だけ会社の利益と純資産が減ります。自社株の評価額が下がる局面でもあります。
業績がいい年ほど株価は上がり、承継は難しくなります。退職金の支給時期と、株を動かす時期を一緒に考えるのは、そのためです。
準備の順番
相談を受けたときにお伝えしている順番です。
いくらまでなら相当と説明できるか
役員退職慰労金規程と、算定の根拠
企業型DC・保険・現金。毎月の固定費に乗る
資金繰り・銀行対応・自社株評価とあわせて
1と2が先です。枠が分からないまま原資を積むと、積みすぎて損金にできない分が出ます。
逆に言えば、この4つは全部、退職する前にしかできません。退職の年に慌てても間に合わない、というのはそういう意味です。
よくある質問
役員退職金1億円の手取りはいくらですか
勤続30年でその年に他の所得がない場合、手取りは81,120,091円です。退職所得控除1,500万円を差し引き、残りを2分の1にした42,500,000円が課税対象となり、所得税14,329,000円、復興特別所得税300,909円、住民税4,250,000円の合計18,879,909円が税額になります。手取り率は約81.1%です。
なぜ退職金は税金が軽いのですか
3つの仕組みが重なっているためです。第一に勤続年数に応じた退職所得控除が差し引かれます。第二に控除後の金額が2分の1になります。第三に他の所得と合算されない分離課税です。さらに社会保険料がかからない点も、役員報酬との差になります。
退職金はいくらまで損金にできますか
金額の上限は法令で決まっていません。法人税法34条2項と同施行令70条2号により、不相当に高額な部分が損金不算入になります。相当かどうかは、業務に従事した期間、退職の事情、同種で事業規模が類似する法人の支給状況から判断されます。実務では最終報酬月額×勤続年数×功績倍率という功績倍率法がよく使われますが、これは法令に定められた算式ではありません。
役員になって数年で退職しても、同じ計算になりますか
なりません。役員等としての勤続年数が5年以下の場合は特定役員退職手当等に該当し、控除後の金額を2分の1にする計算が適用されません。役員等以外の方についても、勤続年数が5年以下の短期退職手当等は、控除後の残額のうち300万円を超える部分に2分の1の計算が使えません。
社長個人の退職金を毎月積み立てる方法はありますか
中小企業退職金共済に役員は原則として加入できないため、企業型確定拠出年金が選択肢になります。厚生年金の被保険者であれば役員も加入でき、掛金は会社の損金になり、拠出した時点では個人に課税されません。2024年12月1日以降の拠出限度額は月額5.5万円から確定給付企業年金等の他制度掛金相当額を差し引いた額です。受け取りは原則60歳からで、通算加入者等期間が10年に満たない場合は受給開始が繰り下がります。小規模企業共済も検討の対象になります。
退職金を出すと、銀行の評価は下がりますか
支給した年は利益が大きく減り、現預金も減るため、決算書の見え方は変わります。特別損失として計上される性質のものであること、翌期以降は役員報酬の負担が軽くなることを、事前に説明しておくことが大切です。支給の前に金融機関へ話を通しておくと、翌年の融資の話がしやすくなります。
退職金の原資づくりを、毎月の数字で見ていきたい方へ
退職金の準備は、数年から十数年かけて進めるものです。掛金が固定費としてどう効いているか、資金繰りに無理が出ていないかを月次で見続ける体制については、Luxe Partners でご案内しています。
監修:稲田 光浩(税理士)
稲田光浩税理士事務所 代表。近畿税理士会所属・税理士登録番号135413。認定経営革新等支援機関。
2007年から会計事務所に勤務し、2021年10月に大阪・西中島で独立。決算書を作る側であると同時に、東京プロマーケット上場準備企業の監査役、社会医療法人の監事として、出てきた数字を見て判断する側の席にも座っています。監査役としては監査計画の策定から監査報告書の作成まで実際に行い、取締役会と経営会議の両方に出席しています。
稲田光浩税理士事務所/〒532-0011 大阪府大阪市淀川区西中島4-2-21 ミツフ新御堂筋ビル605/TEL 06-7777-1762(平日9:00-20:00・土日祝対応可)
あわせて読みたい
- オーナー社長の資産形成|年390万円の枠と、3人の社長の10年後
- 確定給付企業年金(DB)と確定拠出年金(DC)の違い|昔の企業年金はなぜ壊れたのか
- 中退共と企業型DC、どちらにするか|中小企業の退職金制度の選び方
- 小規模企業共済とは?掛金上限7万円・全額所得控除・受取時の税金
- 役員社宅で節税|家賃の何割を会社負担にできる?
- 中小企業の財務が詰まる20の場所|社外CFOが見ている順番
- 手元資金はいくら必要か|目安の考え方
根拠:所得税法30条(退職所得)、同条3項(退職所得控除額)、同条5項(特定役員退職手当等)/法人税法34条2項、同施行令70条2号(過大な役員給与の額)(e-Gov法令検索)/国税庁「No.2260 所得税の税率」/国税庁「No.1420 退職金を受け取ったとき(退職所得)」/厚生労働省「確定拠出年金制度の概要」。2026年10月時点の内容です。令和8年度税制改正により防衛特別所得税が創設され復興特別所得税の税率引下げが行われますが、令和9年以後の適用です。税制は改正されることがあるため、実行前に必ず最新の内容をご確認ください。本記事の計算は一定の前提を置いた試算であり、個別の事情により結果は変わります。


