MS法人を、やめるという選択肢|作った当時の計算は、いまも合っていますか

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MS法人は、いまも動いていますか。

作った当時は、たしかに正しい判断だったと思います。所得を分散して、法人と法人で税率を分け合う。多くの医療機関がそうしてきました。

ただ、作ったときの前提は、いまも同じでしょうか。本体の所得は、あの頃と同じだけ出ているでしょうか。消費税の扱いは、あの頃と同じでしょうか。

この記事は、MS法人の作り方の話ではありません。止める側の話です。私は実際に、ある医療法人でMS法人の事業を停止する判断をしました。そのときに何を見て、何から手をつけ、止めたあとに何をしたのかを書きます。

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1. なぜ「MS法人をやめる」話は、どこにも書かれていないのか?

「MS法人」で検索してみてください。出てくるのは、ほとんどが同じ形をしています。「MS法人とは」「メリット・デメリット」「設立すべきか」——つまり、これから作る人に向けた記事です。

理由は単純だと思っています。書いているのが、作った側だからです。設立を提案した人は設立の記事を書きます。止めた経験は、そもそも表に出てきません。止めるという判断は、提案した本人がいちばん言い出しにくい話でもあります。

けれど現実には、作ってから10年、20年と経った医療機関がたくさんあります。その間に、本体の業績も、税制も、消費税の扱いも変わりました。作った当時の計算が、いまも成り立っているとは限りません。

この記事で扱うのは「判断の順番」です

MS法人を止めるべきかどうかは、この記事を読んで決まる話ではありません。個別の事実関係で結論が変わるからです。

ただ、何を見て判断するかの順番は、どの医療機関でも共通しています。そこをお伝えします。

2. そのMS法人、消費税で負けていませんか?

最初に見るのは消費税です。ここは制度の骨格がはっきりしているので、比較的すぐ判定できます。

社会保険診療は、消費税がかからない

消費税法第6条第1項は「国内において行われる資産の譲渡等のうち、別表第二に掲げるものには、消費税を課さない」と定めています(消費税法・e-Gov法令検索)。社会保険診療は、この別表第二に含まれます。

患者さんから消費税を預からない。ここまでは、多くの院長がご存じのとおりです。

問題は「預からない側」ではなく「払う側」です

消費税は、預かった税額から、支払った税額を引いて納めます。ところが、この「引く」ができない場合があります。

消費税法第30条第2項は、その課税期間の課税売上高が5億円を超えるとき、または課税売上割合が95%に満たないときは、支払った消費税を全額は控除できないと定めています。個別対応方式か一括比例配分方式で、按分して計算することになります。

医療機関は、売上の大半が非課税の社会保険診療です。つまり課税売上割合が95%を下回りやすい構造にあります。

ここでMS法人が効いてきます

MS法人に業務を外注すると、そこに消費税が乗ります。医療法人側はその消費税を支払いますが、いま見たとおり、全額を引くことができません。引けなかった分は、そのままコストとして残ります。

一方で、MS法人側では、その売上は課税売上です。受け取った消費税は納めることになります。

グループ全体で見ると、何が起きているでしょうか。お金は身内の間で動いているだけなのに、消費税だけが外に出ていく。これが「消費税で負けている」状態です。

私が引き継いだ医療法人でも、まずここが目に入りました。MS法人は、特定の取引だけを動かしている状態でした。動かしている量に対して、消費税の持ち出しが見合っていなかったのです。

※実際にいくら不利になるかは、課税売上割合、個別対応方式か一括比例配分方式か、インボイス制度への対応状況によって変わります。ここに書いたのは制度の骨格であり、御院の判定は数字を見ないと出せません。

3. 繰越欠損金がある法人が、所得を分散する意味はあるのか?

ここが、この記事でいちばんお伝えしたいところです。そして検索してもどこにも書かれていない論点でもあります。

MS法人の第一の目的は、所得を分散すること

本体に所得が集中すると税負担が重くなる。だから別法人に一部を移して、税率の低い帯に分ける。これがMS法人の基本的な発想です。

この発想には、前提があります。本体に所得が出ていること、です。

繰越欠損金があるということは、その前提が崩れているということ

法人税法第57条第1項は、事業年度開始の日前10年以内に生じた欠損金額を、所得の計算上、損金に算入できると定めています(法人税法・e-Gov法令検索)。過去の赤字を、将来の黒字と相殺できる仕組みです。

そして同条第11項第1号イにより、資本金の額が1億円以下の中小法人などは、この控除の限度が「所得の金額の50%」ではなく「所得の金額」そのものになります。つまり、枠がある限り所得の全額と相殺できます。

ここから何が言えるか。

繰越欠損金がある法人は、本体に所得を残しても、その枠を使う限り税金が出ません。それなのに所得を外の法人へ移すと、どうなるでしょうか。本体の欠損金の枠は使われないまま残り、移した先では通常どおり課税される可能性があります。

しかも、欠損金には期限があります

先ほどの条文のとおり、繰越しは10年以内です。使わないまま置いておけば、順に切れていきます。

つまり、使える枠が本体にあるのに、わざわざ外へ所得を逃がし、枠は使われずに時効で消えていく——という状態が起こり得ます。

私が見た医療法人は、まさにこれでした。器は残っていましたが、器の役目はもう終わっていたのです。

節税のために作ったものが、節税になっていない。そう分かったので、MS法人の事業を停止する判断をしました。

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4. 止めると決めたら、何から手をつけるのか?

「止めよう」と決めても、いきなり解散ではありません。順番があります。

① 何のために作ったのかを、まず確認する

所得分散だけが目的だったのか。資産の保有先が欲しかったのか。事業承継の受け皿だったのか。設立時の目的が分からないまま止めると、目的のほうを失います。

② いま残っている機能を洗い出す

不動産の保有、医療機器のリース、人材の雇用、物品の仕入と販売、車両。紙の上では止められても、実務が止まらないものがあります。ここを一覧にしないと先へ進めません。

③ 取引を止めると、何が連動して動くか

契約、許認可、従業員の雇用、借入とその保証。MS法人に借入があり、理事長が保証している場合、止め方を間違えると個人に跳ね返ります。ここは特に慎重に見ます。

④ 「事業停止」という中間解がある

解散・清算まで一気に進む必要は、必ずしもありません。私がとったのは事業を停止するという選択でした。

理由は、止めた影響を見ながら判断したかったからです。解散は戻せませんが、事業停止なら順番を選べます。不可逆な手を最初に打たない——これは経営判断の原則だと思っています。

⑤ 医療法人の場合、報告の論点もある

医療法人には、関係事業者との取引について報告が求められる仕組みがあります。MS法人との取引はここに関わることがあるため、止める前後の期の取扱いを確認しておく必要があります。この点は個別に確認すべき事項です。

5. 止めたあと、本体はどう立て直すのか?

ここが本題です。MS法人を止めただけでは、何も良くなりません。止めるのは、出血を止めただけです。

私たちがやったことを、順に書きます。

経費を、一つずつ見直した

まとめて何割削る、という進め方はしませんでした。項目ごとに、これは要るのか要らないのかを見ていく。地味ですが、これ以外に方法はありません。

従業員にアンケートを取った

業績改善のために、現場に聞きました。経営が見えていないものは、たいてい現場が見ています。数字だけを見て打ち手を決めると、外します。

賞与を下げた。そして、それを隠さなかった

業績不振を理由に、賞与を減らしました。これは辛い判断です。

ただ、このとき大事にしたのは、痛みを経営者だけが引き受ける形にしなかったことです。数字を出し、いまどういう状態にあるのかを伝え、危機感を全員で共有しました。

経営者が一人で我慢する形は、長続きしません。誰も気づかないまま、経営者だけが削れていくからです。全員で分かち合う形にすると、施策が動きはじめます。実際、業績は改善しました。

6. 資金が回らない時期を、どう越えるか?

立て直しの途中で、資金がショートしそうな時期がありました。

現預金を、毎日見る

月次では間に合いません。この時期にやることは、月次の試算表を待つことではなく、いま口座にいくらあるかを毎日確認することです。

銀行に、追加融資を依頼した

メインバンクの回答には時間がかかりました。当時は債務超過の状態です。普通に考えれば、厳しい話です。

それでも通りました。理由ははっきりしています。計画の中身を、細かく、何度でも説明したからです。

ここで多くの方が誤解しています。数字が悪いから借りられないのではありません。悪い数字を、どう戻すのかを説明できないから借りられないのです。

銀行が見ているのは、いまの決算書だけではありません。返済のストーリーが立つかどうかです。だから、悪い数字を隠すのはいちばん筋が悪い。出したうえで、戻し方を説明する。それしかありません。

7. 医療法人の資金繰りは、法人だけ見ても解けない

もう一つ、これは私が実際にやっていることです。

医療法人の資金繰りを見るときは、理事長個人のキャッシュフローにも入り込みます。法人と個人の両方を、同じ一枚の上で見ます。

なぜなら、法人と個人はつながっているからです

役員報酬をいくらにするかで、法人の資金は変わります。同時に、個人の所得税・住民税・社会保険料も変わります。個人には、住宅ローンがあり、教育費があり、場合によっては個人の借入もあります。

法人を楽にするために報酬を下げれば、個人が詰まります。個人を守るために報酬を上げれば、法人が詰まります。片方だけを見ている限り、この綱引きは解けません。

だから、法人と個人を一枚にする

法人の資金繰り表と、個人の収支を並べて、グループ全体としてお金が回るかを見ます。そのうえで役員報酬の水準を決め、納税の資金を先に確保し、借入の返済計画を組みます。

正直に申し上げると、ここまで踏み込む税理士はそう多くありません。個人の生活まで見せていただく必要があるからです。けれど、医療法人の資金繰りは、ここを見ないと本当には解けません。

8. 逆に、やめないほうがいいのはどういう場合か?

ここまで止める話を書いてきましたが、すべてのMS法人を止めるべきだとは思っていません。

❌ 次のような場合、止めることがかえって不利になります

  1. 本体に、継続して十分な所得が出ている——所得分散が実際に効いている状態です。前提が崩れていません
  2. MS法人に、実態のある機能が残っている——人を雇っている、物品の仕入販売を実際に回している、といった場合です
  3. 不動産や設備を保有している——移すこと自体にコストと課税が生じます。止める費用が、止める利益を超えることがあります
  4. 事業承継の設計に組み込まれている——次の世代への引き継ぎ方まで含めて考え直す必要があります
  5. 「消費税で損だから」だけで判断しようとしている——消費税は判断材料の一つであって、それだけで決める話ではありません

止めるかどうかは、本体の所得の出方、欠損金の有無と残り期間、MS法人に残っている実態、この3つを並べて初めて判断できます。逆に言えば、この3つが揃えば、判断は驚くほどはっきりします。

9. よくあるご質問

Q1. MS法人を止めると、税務署に目をつけられませんか?

止めること自体が問題視されるものではありません。むしろ、実態のない取引を続けているほうがリスクです。大事なのは、止める理由と経緯を説明できる形にしておくことです。

Q2. 繰越欠損金があるかどうかは、どこを見れば分かりますか?

法人税申告書の別表七に記載されています。いくら残っていて、いつ切れるのかまで確認してください。残高だけ見て安心し、期限を見ていないケースをよく見ます。

Q3. 消費税で不利になっているかどうかは、自分で確認できますか?

おおよその見当はつきます。消費税の申告書で課税売上割合を確認し、それが95%を下回っていれば、支払った消費税を全額は引けていません。そのうえでMS法人への支払額を見れば、規模感はつかめます。

Q4. 止めるかどうか、税理士に相談しにくいのですが

設立を提案した先生には、相談しにくいと思います。ご本人が否定することになるからです。こうした話は、設立に関わっていない第三者のほうが率直に見られます。いまの先生を変えずに、この論点だけをご相談いただく形でも構いません。

Q5. 事業停止と解散は、どちらがよいのですか?

状況によります。ただ解散は戻せません。判断に迷いがあるなら、まず事業を止めて影響を見る、という順番が安全です。休眠中も申告や均等割の扱いが生じるため、その負担と比べて決めることになります。

Q6. 相談するとき、何を持っていけばいいですか?

医療法人とMS法人の、それぞれ直近2期分の決算書と申告書をお持ちください。可能であれば借入金の返済予定表も。この資料があれば、消費税と欠損金の両面から、いまどうなっているかをお伝えできます。

10. まとめ|器を持っていることと、器が働いていることは違う

MS法人は、作った当時は正しい判断だったはずです。問題は、その判断が今日も正しいかどうかを、誰も点検していないことです。

点検すべきなのは3つでした。

  1. 消費税で負けていないか——非課税売上が大半の医療機関は、支払った消費税を全額引けません(消費税法30条2項)
  2. 本体に繰越欠損金がないか——あるなら、所得を外に移す意味は薄れます。しかも欠損金は10年で切れます(法人税法57条)
  3. MS法人に、いま実態があるか——動いているのが特定の取引だけなら、役目は終わっているかもしれません

今日できる小さな行動:法人税申告書の別表七を開いて、繰越欠損金がいくら残っていて、いつ切れるのかを見てください。そこに残高があるなら、MS法人に所得を移す前に、使うべき枠が手元にあるということです。

そのMS法人が働いているかどうか、45分で整理します

医療法人とMS法人の直近2期分の決算書をお持ちいただければ、消費税と繰越欠損金の両面から、いまどうなっているかをお伝えします。止めるべきという結論になるとは限りません。数字を見ないまま「改善できます」と申し上げることはいたしません。

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監修:稲田 光浩(いなだ みつひろ)/税理士

稲田光浩税理士事務所 代表。近畿税理士会所属(登録番号135413)。税理士業界19年、税理士登録8年目、独立5年目。税理士法人の医療専門部で医療法人・歯科医院の税務と経営改善に携わったのち独立。現在は東京プロマーケット上場準備中の企業の監査役、社会医療法人の監事を務め、複数社の経営会議・取締役会に外部の立場で参加。決算書を作る側と、それを見て判断する側の両方の席から、経営者の数字に伴走しています。
〒532-0011 大阪市淀川区西中島4-2-21 ミツフ新御堂筋ビル605/06-7777-1762

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